焼き栗日記

愛情と憎悪とを狂気で接合しています

#1/12 ディス・コミュニケーション

全員が自分以外の全員のことを"たいそうキモい"と思っていて、そこにはおもいやりやその類の余分な感情などなく、常にある意味殺伐とした、そんな友人関係の中で長く過ごしてきたので、"平和な世界からの刺客"とでも呼べるような他の友人から与えられる無償の愛(とまではいかないが)に直面させられると、どうして良いのかわからない、果てには気色悪いとまで思ってしまって、居心地が悪くなってしまいます。最終的に某友人の主張を同じ所へ還るのが快くありませんが、やはり"自分のために生きている人間"が一番信用出来るのだ、と。そんなことを今日某友人に馴れ馴れしく話しかけられた時に思いました。

 

なんだか他のみんなが急に受験について悲観的になっているようです。成績は伴わないのに妙な自信がある私の方が異端なのか。でもいけるようなきがするんだよなぁ。

 

ところでなぜぼくたちは祝日に学校へ行ったんだ?